黄昏シリーズ

始末屋の受難

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「お前たちとはもう会うことはないだろう。」
 そう言って奴らの前から去ったのは、それほど昔ではないと記憶している。
 だが、それが自らの手で覆されることになるとは、夢にも思わなかった。


始末屋の受難〰Luther bat of the Assassin〰

(2010年製作・文芸部誌「Dolce」収録作品 2013年修正及び再編集)
 

 俺のような者に穏やかな生活など、望めないのだろうか。本来なら今頃、俺は本国に帰って、襲撃にも狙撃にも縁のない生活を始めていたはずだ。なのにこの状況は一体何なのだろう。端的に言って、俺は今殺されかけている。
〃始末屋のルーサー〃
 これがかつての(といっても、わりと最近までの)俺の通り名だった。現在はもう足を洗ったとはいえ、裏の世界では思いの外有名な存在であったらしい。
 だがそのせいで、裏の情報を知り過ぎた俺は、同業者から口封じの制裁を受けるハメになった。
 そして日本を発とうとしたあの事件の後から、ずっと追われ襲われ殺されかけやり返し続け、今に至る。
 先程やっとケリを着けた刺客との戦闘で、右手を切られてしまった。左も使える点では問題ないが、血痕を辿られると厄介だ。痛みも体力を削ってゆく。
 この仕事を始めてから、ろくな死に方はしないだろうとは思っていた。今更まだ死にたくないなどと、ほざく気はない。だが、大人しく殺される訳でもなく、追手を倒しては逃げ回る。
 
 このなんとも虚しい感情。

 疲労と共にそれは募るばかりだ。月も無く、街灯も心許なさげにともる街の隅で、俺はうずくまった。
   ……ざりっ……
 かすかに足音が聞こえた。俺はほぼ反射的にそちらへと集中する。そのまま足音を遠ざかっていくことを願う。だが無情にも足音は、俺の隠れた路地の前で止まった。
「始末屋か。」
 そう呼ばれたのと同時に、俺はそいつ目がけて発砲していた。仕事の名で呼ぶからには、その筋の者には違いない。
 だが引金は虚しく鈍い音を立てる。
―――弾切れか!?
 俺は次の瞬間、相手からの攻撃を覚悟した。だが……
「早まるな。……俺はお前の敵でない。」
 人影は、静かに言った。よく聞いてみれば、聞き覚えのある声だ。相手が攻撃してくる気配は無い。俺は銃を下げ、人影と向き合った。
 何者だろうと顔をうかがったが、街灯の逆光で輪郭を見とめるのがやっとだった。
「お前を助けたい。幸いこの近くに、調度良い隠れ家がある。」
「…隠れ…家……?」
 この男は何者なのだろう。身に纏う気配には隙が無い。だが不思議と上品な風情を漂わせていた。
「この先の道を上り、三つ目の角を左に曲がり、その突き当たりを更に上っていくと、一つの大きな館がある。お前を匿ってくれるはずだ。」
 謎の男は俺に一つの道を示した。俺は迷った。この男を信じていいのだろうか。
 だが害意など無いように感じられた。俺が迷っている間にも、数人の足音がこちらへ迫ってきている。男は、背負っていた袋から、何か棒のような物を出した。
「早く行くがいい。後を追う者が在れば俺が食い止めよう。」
 男はその足音の方へと向き直り、それを構える。ここで迷っていても仕方がない。
「……感謝する。」
 一言だけそう言って、立ち去る前に俺は男に尋ねた。
「……お前は何者だ。」
 その問いに、男は少し笑って答えた。
「お前に恩のある者だ。」
 恩、か。今までの人生で、そんなものを与えたことなどあっただろうか。
 そして、その次には、人影と俺は各々反対方向へ走り出していた。

   ***

 あちこち負傷していたせいもあり、思いの外、道のりは厳しかった。狭く傾斜もきつい道を行き、とうとう辿り着いた所は―――――
 柵に絡む茨。その奥にうごめく植物群。

 ……気のせいだと思いたかったが、何やらとても見覚えのある外観の館だった。風が吹いて、木々が俺を脅かす様にざわざわと揺れる。
 ……足を踏み入れてはいけないような気がする。
 だが、もう逃げ場所はここしかない。覚悟を決めて、俺は柵の、一番茨の少ない部分へと飛び上がった。
 そのまま乗り越え下りるべく、柵の一部に足を掛けた時、

   がっしゃん☆

 ……間抜けた音を立ててその部分が外れた。当然の事ながら、足場を失った俺もそのまま落下する。腰を打つ。
 おまけに落ちる際に引っ掛かってきた茨のせいで、一瞬にして俺は生傷だらけになった。ちなみに、今も身体中に絡まっている。俺は抜け出そうともがいた。
「無様やな。」
 突如降ってきた、嘲笑うような声。忌まわしい記憶が蘇る。声の方を見やり、やはり来るべきではなかったと。俺は無言で激しく自分を責めた。
「どーしたん?なんか面白……かわいそーなことになっちゃって~~。」
 二階の窓が開け放たれ、明かりは奴のさも可笑しくてたまらないといった表情を映し出した。つくづく思う。追手との戦闘で討ち死にした方が、賢明だったかも知れない。
 
   ***

 次の朝、床の上で目が覚めた。あちこち痛む体を起こし、辺りを見回す。記憶する限り、俺はあの後、薄気味悪い程快く迎え入れられ、怪我の応急措置をされ(並の縫い針で傷口を縫うなど少々手荒なものだったが)、ひとまず館のソファをを与えられて眠りについたはずだ。俺はそのソファの方を見る。
 そこには何故か、俺に場所を与えておきながらそこで眠りこける、奴の姿があった。
「……おい。」
 呼びかけれども、当然のごとく無反応。身体を少し縮めるようにして、むかつくほど幸せそうな寝息を立てている。…繰り返し言うが、俺にこのソファを提供したのはこいつ自身である。気を取り直してもう一度言う。
「……おい。…起きろ。」
 …目を覚ます気配は全く無い。俺は盛大に溜め息をついた。ソファごと蹴ってやれば起きるだろうか。そんな事を思っていると、軽快な足音が近づいてきた。ドアノブが回って扉が開き、中性的な外見の少女が入ってきた。
「カイさ~ん。注文通り買い物行って来ましたよ。…あれ?」
 少女は俺に気付いて足を止める。そしてソファの上で寝返りを打った奴の方を見る。そしてもう一度俺の表情を見て―――大方の事情(と俺の言い分)を察したらしい。手に提げた袋を下ろし、少女はソファの後部にまわる。そして背もたれに手を掛け息を吸い込んだかと思うと、

「はッ!!」         ゴロッ〠   べシャッ✂

 …そのまま勢いよくソファを傾けた。奴は床に転がり落ちる。そして少し唸りようやく目を覚ました。ソファを元に戻し少女は言う。
「こんな所で熟睡しないで下さい。襲われたらどうするんですか。」
「…既に今、お前に襲われた……あ、ルーサーおはよ。」
 奴は俺のほうを振り向いて、何事も無かったかのようにさらりとそう言ってのけた。この一連の出来事を目の当たりにして、俺が言い知れぬ不安を抱いたのは言うまでも無い。

   ***

「…なるほど。口封じの為に狙われてカイさん家に逃げ込み、手当てをしてもらったはいいものの、知らぬ間に寝床を奪われてた…ってわけですか。」
 ビニール袋の中身を救急箱に詰め込みながら、少女・リオは言った。心なしか後半部分が強調されている。
「だって~、眠かってんもん、先客おるん忘れててん。」
 そう言う奴の様子に怪我人を撤去したという罪悪感は、微塵も感じられ無い。ていうか誰が乗っているかくらい確認しろよ。俺が本日何度目かの溜め息をついた時、目の前にティーカップが置かれた。
「まあ何だかんだ言っても…ごめんな?他意は無かったんよ。」
 イギリス製だろうか、柔らかい地色に上品なアンティーク模様。
「…別に気にしてなどいない。」
 これしきの事で凹んでは、この先やっていけない。元いた世界に比べれば、ずいぶんと可愛いものだ。俺はカップに手を伸ばした。

「悪意はあったけど。」

 …思わず取手を掴みそこねた。奴はまた何事も無かったかのように席に着く。リオはというと、先程の発言をごく自然に無視して、戸棚に箱を突っ込んでいた。
 深く気に留めては行けない。
 そう自分に言い聞かせて、俺は改めてカップに目をやる。こんな奴らには勿体無い、ビクトリア朝風の上質な器に――――

 ……何故か緑茶が入っていた。

「…急須割れてもーてん。」
 …カップまで洋風にする必要あるのか。
「あ、緑茶お嫌い?」
「いや…少し驚いただけだ。」
 こと細かく突っ込んでいると身がもたない。それに、腐っても彼らは恩人。こうして世話になっているだけでも、有難い事だ。
 恩人といえば――――
 〃お前に恩のある者だ〃
  …あの男は何者だったのだろう。名も顔も分からず、微かに声だけ知っている。それすらどこで聞いたものなのか。だがこの屋敷を知っていたのだ。
「…一つ尋ねたい。」
「ん?」
「…お前たちの仲間だと思うのだが…。棒状の武器を手にした若い男…。」
 そこまで言った時に、菓子の箱に手を伸ばしたリオの動きが止まった。奴の方はというと、何も無い一点を凝視したまま静止している。ただ共通して言えたのは、両者の周りの空気が何やら暗いものを纏いつつあったことだ。異変を感じながらも俺は続ける。
「…ここを教えてくれたのだが…。」
「「――――あ”?」」
 言い終わらぬうちにも、二人のオーラは一気にどす黒いものへと変わった。これ以上押すなと、俺の勘が絶叫した。
「……なんでも無い。」

   ***

「それにしても…。」
 元の屈託の無い雰囲気に戻ったリオは、俺に出された緑茶を見て言う。
「本当に飲んじゃいましたね。」
「…別に緑茶は嫌いではないが。」
 既に半分に減っている中身を見る。珍しくも無いだろう。
「…それに…旨かった…ぞ。」
 先程の反応を気にしているのかと思い、俺なりに精一杯賛辞を述べた。いや決して奴の入れた茶に感嘆したわけではない、これはありきたりな礼儀だ、ただの気遣いだそれ以外の何物でもないのだ決して。
 だがリオは少し固まった後、ははは…と、渇いた笑みを漏らした。何故か目は笑っていない。奴の方は、必死で笑いを堪えているように見える。訝しみながらも、俺はもう一口飲むべくカップに口をつけた。

「うわぁ…全然気付いてないこの人。」
「無味無臭やもん、普通は分からんわ。」

 何やらとてつもなく不穏な会話が流れたのはその直後だった。
 思わず茶を噴き出す。
「…な…中に何か入れたな…!?」
 カップを凝視する俺を鼻で笑って、奴はさも嬉しげに言った。
「調度新しい毒薬が出来てな、実験台探しててん。」
「…新しい!?」
「飲んだ直後はなんも起きん。けど日を重ねるごとにジワジワと命を削る。お前はいつまでもつやろねェ…記録したまえリオ君。」
「は。」
 冗談じゃない!―――俺は無意識のうちにカップをブン投げていた。
 今までも散々な目に遭っては来たが、こんな事態は初めてだ。
「早めに解毒剤飲めば助かるみたいですよ?」
 それを聞くまでも無く、俺の視線の先は奴へと向かう。もう迷っている暇は無い。
「おのれ助ける振りをしておきながら…!」
 俺は解毒剤を奪取すべく奴に銃口を向けた。
 そんな俺に、リオは実に冷静に突っ込んだ。
「ルーさん…それ弾切れ。」
「まあそう慌てんでも見殺しにしたりせーへんよ。けど、」
 奴は、銃を降ろし睨みつける俺に、いつぞやと同じ表情を見せた。
「……俺がただの仏心で因縁の相手助けるとでも思たん?」
 嘲るように目を細める。腹立たしいが今更足掻いても遅い。
「…どういうつもりだ。…何が望みだ…。」
「大した事やないんやけどねー。」
 奴は少し笑ってポケットを探る。そして少量の液体の入った小瓶を取り出した。
「解毒剤はこれっきりや。これが欲しければ大人しく―。」
 そう言って小瓶を見せたのを、俺は見逃さなかった。一瞬の隙を突いて俺はそれを奪い取り、間髪入れずに一気に飲み干す。そしてそのままテーブルの上に突っ伏した。
「ケホッ…く…苦し…。」
「あーあ。一気飲みするからやで。」
 そんな俺を一瞥し、奴は悔しがるでもなく、呆れたように溜め息をついた。さっきまで傍観を決め込んでいたリオも残念そうに言う。
「いい線いってたのにな~。ガラス代請求にまでは辿り着けませんでしたね。」
「うまくいけば門の修理代と板の張替え費も踏んだくったろー思てたのに~。あ、後昨日壊した柵、ついでに投げたカップ。」
「ガラス代!?」
「そ、初めて来た時に割ったアレ。」
 確かに、俺はあの時窓を割って侵入し、更にもう一枚割って逃走した。
「…あのときの事は俺にも非がある。だが…。」
 そうだ。たかがガラス代請求の為だけに…
「…ここまでする必要があるのか…?」
 そんな俺の嘆きなど気にも留めず、奴は、それはそれは楽しそうに言った。
「だってせっかく昔の敵が転がり込んできたのに、そのまま帰すんはおもろないやろ?」

 ――――俺は凍結した。奴は尚も続ける。

「怪我の恨みもあることやし?」
        プッツン☆
「……ふ……。」
「腐?」
ふざけるなっっ!!

 耐えかねて俺は立ちあがった。このまま奴の元にいれば、俺はなぶり殺しにされるだろう。そんな恐怖感と遊ばれまくった怒りが、今までになく俺を焦らせていた。こうなった以上、もうここにいられない。
「……世話になった…もう金輪際貴様らの周りには現れん。」
 現れて堪るか。俺は手早く所持品をかき集める。
「そんな~もうちょいゆっくりしていきーよ。お茶おかわりいる?」
「いるか!」
「ここに入ってた私のチョコ食べました?」
「知らん!」「俺でもないな。」
「チッ…じゃあイオリさんか。」
「ちなみにあいつ今、仕事で浮気調査中やから、街中で見かけたらせいぜいガンバレ言うといたってな。」
「どうでもいいわあぁ!!」
 …この様にしばらく不毛な言い合い(一方的な俺へのからかい)が続いたが、いたたまれなくなった俺はついに館を飛び出した。何があっても戻るものか。もう絶対戻るものか。そう誓って―――

   ***

「…行ってしまった…。」
 ものすごい速度で遠ざかっていく後姿を見送って、リオは呟いた。
「良いんですか?傷だらけの上、お尋ね者なのに引きとめなくて。」
 窓の外へガンバッテネーと手を振っていたカイも部屋へ視線を戻す。
「ま、危なくなったら嫌でも助太刀が飛んでくるやろし。えらく惚れこんどったからなぁ。…それに、まだ動いててもらわなあかん。」
 それにしても、とカイはまた外を見て含み笑いをこぼす。
「アレを本気で信じるとは…。」
「いや、あんな調子で脅されたら信じますよ。しかも相手カイさんだし。」
「いろいろと説得力がありすぎたかな。」
 残ったお茶を全て飲み干し、傍らを見やると、何故か妙に難しい顔をしてリオが座っていた。
「今度は何をやらかす気ですか。」
「何をて…別に?」
 笑って誤魔化すカイに、リオはまた強めの視線を送った。
「今朝の物資援護要請も、先の事を見越したものみたいでしたし。あいつも木刀もって出てってたままです。…何かしでかすことは目に見えてます。
 少なくとも―――」
 リオはそのまま続けようとした。が、次の瞬間有無を言わさず好物のチョコレートを口の中に放りこまれた。
「ま、少なくともリオの気にする事やないよ。」
 そう言うと、カイは食器をまとめ、そそくさと奥へ消えてしまった。その後姿を睨みながら、口の中のチョコを噛み砕きリオは呟いた。
「……少なくともルーさんがただで済むはずが無い…。」

   ***

館を出た後、俺は宛ても無く街を彷徨った。
(…何処へ行こう…。)
 今のうちに隠れ場所を探さなければ、すぐにでも追手がやって来る。
 こんな街中で銃撃でもされたら面倒だ。
 俺は負傷している右手を抱えた。他にも傷は数多ある。だが、不思議と痛みは感じなかった。それでも傷が多いことに変わりはあるまい。度重なる危険に、とうとう感覚が麻痺してきたのか。
 しばらく行くうちにまた疲れが蘇り、俺は道を外れて壁にもたれかかった。人々はそんな俺など気にも留めず通り過ぎていく。
……平和な街だ。今にも一人の男がその場で殺されるかもしれないというのに。
 視線を地面に落とし、また溜め息をついた。
 いつの間にか、俺は往来を離れて、人気の無い裏町へと向かっていた。華やかな表と違い、光の届かないそこは、まるで穴グラだ。
 自ら危険へ戻るようなものとは知っている。だが、表は俺には眩しすぎた。
 そうしていくうちに、俺は人知れず葬られるのだろう。
 お似合いの結末だ。
 
「相変わらずだな。」

 不意にかけられた声。俺はとっさにナイフを抜き放ち振り向いた。
「…そう怖い顔すんじゃねえよ。」
 …その先には見知った顔が一つ。
「……ドン・アントワーヌ……!?」
 人目で上質とわかる黒服に実を包み、オールバックの銀髪に小洒落た帽子を被っている。がっしりとした体格と鋭い目は首領の名に相応しい。
「何故お前がここに…。」
「まぁ、まず先にそいつを降ろせ。」
 俺は身構えながらもナイフを収めた。
「……手下共も一緒か。………暗黒街の顔役たるお前が一人でフラつく筈がない。」
「生憎だが、今一人きりだ。こちとらお忍びで出てきただけでね。全員待たせてある。」
「……不用心なことだ。」
 依然として警戒を解かないか俺に、ドンは溜め息をついた。
「その様子じゃ本当らしいな。足洗おうとして追われてるってのは。」
「! まさかお前も…。」
「待て、別におめぇさんをどうこうしようと出てきたわけじゃねぇ。ただ何が
きてるか、確かめたかっただけだった。それに、」
 ドンは俺に背を向け、再び路地へと歩き出した。

「別に犬死にさせるために助けた命でも無ぇからな。」

 それは、俺にとって大きな意味を持つ言葉だった。
 ドンは立ち止まり振り返って言った。
「この近くに俺の息がかかった酒場がある。積もる話もあるところだ。ついてこい。」

  ***

「〝蝙蝠の紋在るところに始末屋参上〟か……。一時期そんな標語が流行ったこともあったな。」
 怪しげな店主が持ってきた、修理調整された俺の銃を見て、ドンは呟いた。銃身にあしらわれた蝙蝠のロゴ。
「……半分はお前のせいだろう。…お前がこんなロゴの入った銃など持たせるから、噂に尾ヒレがついた。」
「その割りには愛用してるようだが。」
「……性能はいい。」
「はは、違ぇねぇ。」
ドン直轄の酒場だけあり、また店主が気を利かせて店を貸し切りにしたため、   俺は久々に腰を落ち着けて話すことが出来た。
「しかし、また、お前がこんな目に遭ってるのに出くわすとはな。」
「……………。」
 蘇る四年前の記憶。
「……安心しろ、あの時のようにお前に迷惑をかける気はない。」
「馬鹿野郎、あんときゃ俺が見るに見かねて、おめぇを連れて帰ったんだよ。」
「…そうだったか?」
「そうともよ。」
「………。」
 ドンは、裏の世界の中で唯一俺が腹を割って話せる人物だった。助けられたせいもあるかもしれないが。それでも、街道一の大親分として名が通っている。しばらく間があって、先に口を開いたのはドンだった。
「行く当てがねぇなら俺んとこに来い。」
「……おい。さっき言ったはずだ。お前には頼らんと。聞いてたのか。」
「〃頼れ〃とは言ってねぇ。さすがに二度目でタダってのはまずいからな。俺にもおめぇをファミリーに迎えたい理由があるんだよ。」
「……足を洗うと言ったはずだが。聞いてたのか。」
「こんな話を聞いたことはあるか?」
「……俺の話聞いてないだろ。」
 ほんの、ここ数年の話だが…。そう前置きして、その話は始まった。
「名だたる組織が次々と倒れている。いや、名もないチンケな弱小組織もだ。単に弱体化や抗争で潰れてるわけじゃねぇ。どの組織も――――とある一つの組織によって壊滅させられたらしい。」
 その眼光を一層鋭く光らせて、唸るようにドンは言った。ドンの話によると、一瞬で息の根を止められた組織もあれば、経済の異変を悟られぬよう無力化され飼い殺しにされている組織もある。何より不気味なのは、その組織と言うのが百人、もしかする五十人にも満たないごく小規模なものであるという事だ。
「…にもかかわらず多くのファミリーが潰されてきたと言うわけか?」
「その通りだ。」
 ドンは話を進める。彼らは、表向きは一般の民間企業として活動している事。噂では、その拠点は日本にあると言われている事。何故か自ら狩り出すようなマネはしない事。
「だが、運悪く闇組織が奴等と出会ったが最後――。」
 テーブルの上の拳が強く握られる。
「…最悪の場合は再起不能なまでの壊滅状態にまで追い込まれる。」
「………。」
 話は一旦そこで途切れ、静寂が訪れた。
「…そいつ等に対抗する為、俺を加えたいと?」
「恐ろしい、というよりは訳の分からない奴等だ。」
 何が目的かもわからない、ただひたすら闇組織を潰す。
「ここしばらくは大人しくしてきたとは言え、俺のファミリーもいつ狙われる分かったもんじゃねぇ。おめぇさんが助けが必要だ。」
 そう言ってドンは、真っ直ぐに俺を見詰めてきた。そこには迷いも冗談も無い。
「このまま見殺しにするにはあまりに惜しい。今が潮時だ。俺のファミリーに入れ。」
 俺は手もとの銃に視線を落とす。こいつの助けが無ければ、俺は今頃この世にはいない。従えば食うのに困ることも無いだろう。
 それでも俺は――――――
「断る。」
「な…!?」
 現れたのは、驚きと焦りの表情。
「…本気で言ってんのか?おめえ…死ぬぞ?」
「構わん。……もう決めた事だ。今更決心を変えることは無い。」
 口ではそう言っておく。けれども。
 本気で迷いが消えた訳じゃない。

 現実を考え望まぬ道を進むのか。
 理想を追い掴めずに身を滅すか。

俺ハ  何ガ  シタインダ?

「―――そうか。」
 時計の針と店主が器を磨く音だけが響く中で、静かにドンは言った。俺は俯いていたので表情は分からない。だがきっと、落胆のような、怒りのような、虚しい悲しみのような顔をしていたに違いない。
「ならもう何も言わん。」
 溜め息は重かった。
 俺ももう何も応えず、銃身に刻んだ始末屋の紋を掌で隠した。
「だが一つ心に留めておけ。」
 最後に、ドンは言った。
「お前がうまく逃げれば逃げるほど、追手共は焦り熱り立つだろう。見境の無くなった人間ほど怖ぇ物は無ぇ。おめぇにゃ独りでやってる事かもしれねェ、だが」
 嵐ってのは好き好まずとも周りを巻き込むもんだぜ?

  ***

 隠れた廃ビルの中で、昼間の事を思い出していた。
 死に絶えた建物の中は月明かりで薄暗い。
 やめてくれ。照らされると居所がばれる。
 この程度の光も恐れるようになってしまった自分が情けない。やはり今更表に戻ろうなど俺には無理な相談か?

     カツ―――ン
「!」
 不意にビル内に響いた足音。息を潜め気配を探る。こんな真夜中、しかも廃ビルの警備など来るはずが無い。敵か。それを確証付けるかのように、足音は明らかに一人分ではない量に増殖し、広がった。
(…徒党を組んで来たか。)
 今にも奴らは、俺を囲んだ輪を密かに完成させたろう。そしてジワジワとそれを狭めてくるはずだ。どうするか――――

 ガチィン!

 俺はわざと大きな音を立て、装填を確認した。壁の向こう、ドアの隙間、窓の下、あらゆる所で殺気が動く。そして、一部動揺が混じった部分―――俺はそこ目掛けて突入した。
 ガラス窓を破り、そこに居た一人をすかさず倒して、ガラクタが散乱した路を走る。その間にも容赦無く弾は後ろから追ってきた。
 横路に飛び込むとまた一人と鉢合わせ、もう一発で当てる事しか出来ない残った奴らは、通路を走る俺を必死になって追いかける。
 口々に罵声を浴びせながら、大きく荒々しい足音を立てて。
 本当に見境の無くなった人間は恐ろしい。
 ふと視線の先、曲がり角の影から何者かが飛び出した。
 すぐさま照準を合わせ引き金を引く。
――――チュインッ!
「―――うわぉ!?」
 銃口にいち早く気付いたそいつは、何と奇跡的な反射で弾を避けたのだ。撃ち損じた弾はそのまま先の壁に当たって跳ね返り、天井の防火用スプリンクラーを破壊した。一瞬で辺りは水浸しになる。
 そいつはというと、何か中小動物のような素早さで、俺が来た道の方へと回り込み身構えた。だが、追手はそいつのすぐ側まで追っている。
 というかそいつは、まさに奴らの真正面に飛び出してしまったのだ。
 そいつが思わずそちらを向いた時
 迫り来るは物凄い形相の殺し屋達。
「―――ッ!!?」
 声にならない悲鳴を上げて、そいつは盛大にびくついた。
 同時に、フラッシュのような激しい光が発せられる。
 いや違う。これは―――

「おわああああああ――――――ッ!!?」 

激しい光、はじけるような音と共に発せられたのは、強力な電撃だった。俺はとっさに遠くへと飛び退く。
 放電は一瞬だったが、それでも水浸しの足元で、追手共を気絶させるには十分過ぎた。
 五秒の後には、そいつと俺を除く全員が床に突っ伏していた。
 よほど驚いての反応だったのか、そいつも少しふらついている。
「―――っはぁ…ビビッたぁ~…何なん一体…。」
 まだ微電流が走る床の上。ゴム靴でも履いているのか、そいつは普通に進んでいった。月明かりがオレンジ色を映し出す。
 向こうも視線に気付いてこちらを向いた。
 目が合う。
「…お前―――。」
「…え?ルーサー!?」
 放電の主は、あのド派手な探偵だった。

   ***

 ひとまず俺達はビルの裏手へと移動した。外階段の下には、あの赤いスポーツカーが駐めてある。生き残った追手共は、イオリによってガムテープでグルグル巻きにされ、ビルの表に放置された。
「ほんっっまに怖かってんからな!!」
 階段の手すり引っ掛かってイオリは吐き出すように言った。
「長引いた調査も結局奥サンの勘違いやったし、やっと終わったと思ったら死にかけるし……散々やー!!」
「…何故こんな廃ビルの中に。」
「ここに寝泊りして向かいのビル見張っててん。」
 探偵業も楽ではないようだ。
「ていうか、お前こそなんでこんなとこにおんねん。帰って酪農家やるんとちゃうかったん?」
 何故酪農業。(ちなみにそんな事は一言も言ってない。)
「……足を洗おうとしたのがバレた。多数の元同業者に追われ、帰るに帰れん。」
「ああ、あのオッサン達そうなんや…。よう目立たんかったな、あんなゴッツイ白人のオッサン達。」
 まあ隠れよ思たら出来んこともないけど、そう言ってしゃがみ込むイオリのベルトには、小さな機械のような物が装着されていた。
 先程凄まじい光を放ったワイヤーはその機械、つまり本体の中に巻かれ収まっている。
「…お前こそ目立たないのか。」
「うん?」
「…探偵のクセに、何故そんな目立つ武器を使う。」
 身なりもだが、それ以上にあの閃光は人目に引くものあった。ビルの外からも見えたのではないか。
「ああコレ?確かに目立つよなー。」
 ベルトに手を当ててイオリは笑った。
「色々考えたり悩んだりしたけど、やっぱ最終的にはコレに行きつくねん。」
「…悩んだ?」
「日本て、他に比べればまだ平和な方やと思うけど・・・やっぱどうしても避けられへん事態ってあるんよな。」
 しゃがんだまま頬杖をつき、イオリは表の方の夜景を眺める。
「たまーにあんねん、そういう事。特に俺みたいな奴には。手加減したらこっちがやられる。けど傷つけてまうんは怖い。…矛盾やってのは解かってんの、でも板挟みになってどーしよーもない。で、駆け出しん頃は失敗ばっか。けどな、」
 立ち上がり手すりにもたれ掛かる。
「コレなら、〃殺さず傷つけず〃を体現できるから。青臭い自己満や思うけど。これが俺の理想って奴?笑うよな。」
 とか言いつつ自分自身が笑ってしまっているイオリ。何故だか俺には、とても輝かしく思えた。それに比べ俺は何も進歩できていない。
「どしたん?」
 俯いたままでいると、心配したのかイオリは顔を覗き込んできた。
「……否、何も無い。」
「そうは言っても、色々怪我してるみたいやし、またあんなのと出くわすんはヤバイし…。」
 イオリはしばらく何かを(一人で勝手に)思案していたが、急に明るい顔になると、「よしっ!」と、意気込んで言った。
「カイん家連れてったr「やめろ
 もちろん俺は全力で否定した。
「何で?人目につかんし治療費タダやし、」
「嫌だ絶対に行かんあそこは地獄の毒花や恐怖の吸血樹や人喰いの茨がはびこる悪魔の城そしてそれを操るあいつは惡ノ魔法使イあそこに行ったが最期毒殺されて肥やしにされる死ぬマジであいつの家に行くくらいなら死んだほうがマシと言うかもういっそ生まれてこなければ良かったこんな世界(略)」
「…よーするに、既にあいつん家行ってコワイ目に遭うてきたわけね…にしても何でいきなりそんな饒舌に…。」
 珍しくイオリの方が若干引き気味だ。
「まぁ、確にあいつは計算高くて人いぢめて遊ぶようなとこもあるけど…基本そんな意地悪とちゃうし、ドライ装ってても困ってる奴見捨てられん人間や。信用はできる。」
「……そう…なのか?」
 にわかには信じ難かった。だが今冷静に思い返してみれば、いじられまくったと言う事実は在っても、奴が本気で俺を陥れようとしたという確証は無いのだ。逃げ出したのは過剰反応だったかもしれない。
「せやからさ、恥じ捨ててでもまた行ってみ?隠れてる間に騒ぎが収まったら、これからの事決めたらええし。」
 これからの事。
「…違った生き方など、俺にできるのか?」
 自信が無かった。一度決めておいて、逆境の度に迷い続ける俺なのに。
だがイオリは言った。
「どっかの有名な研究所の開発部に行くことしか考えとらんかった俺が、今や関西全土を股にかける私立探偵やで?人生どーなるかわからんて。」
 空も白みがかってきている。俺も顔をあげて立ち上がった。
 意地を張っていても仕方がない。
「にしても……変やな。」
 不意にイオリが声を落とした。
「……何が?」
「別に触れ回ったわけとちゃうんやろ、足洗うって。せやのになんでこんなにその情報が出回ってんねやろ。 それだけならまだ説明つく。けどルーサーが今日本におるなんて知っとる殺し屋、そうそうおらんはずや。」
 確かに。俺は黙ってその業界から消えた。日本への移動も他に言った覚えはない。何故だ。不安になったのかイオリは俺は急かす。
「とにかく隠れるに越したことはない。早よ行こ。」
「けど今俺ん家だぁ――れもおらんで?」
 突如上から降ってきた声にギョッとした。
「え!?何!?カイ、どっかおるん!?」
「ここよここ。」
 慌てて上方を見回す俺達に、奴は一つ上の階から、ヒラヒラと手をふった。
「いつからおったん…!?」
 俺でさえも、全く気配を感じ取れなかった。奴はしれっと答える。
「少なくとも、俺についての話は最初から聞いとったで。」
「まじで―――!?」
 頭を抱えて悶絶するイオリを尻目に、奴は下に降りてきた。
「どやったルーサ。死にかけて決心変わった?」
「…何しに来た。」
「そろそろ疲れてる頃やろなー思て。」
 全く何がしたいんだか。溜め息をつきながらも、今ならそう軽く笑い飛ばせる自分が居た。奴も微笑んで手を差しのべる。素直にその手を取って良いものか躊躇ったが、意地っ張りは終わりだ。俺も手を差しのべた。だが、

 ここで気を許したのが失敗だった。

 差しのべた手に小さな痛みが走る。何だと思う間に、眩暈がして足元がふらつく。そこでやっと俺は、自身に起こったことを理解した。
「…貴様…!」
 奴が口元だけで笑ったのが見えた。そして次には掴まれた手をぐいと引かれ、俺は前のめりに倒れる。体に力が入らない。そしてそのまま担ぎ上げられた。反動でうめき声が漏れる。
「なっ、…どーゆーつもりや!」
 異変に気付いたのか、イオリの叫ぶ声がする。頭が朦朧とする中で、奴が何かを答えた。そして俺を担いだまま動くのが感じられる。視界の隅でイオリが立ちはだかって何か言う。何だ。何が起こっている。
 だが俺はどうすることも出来ず、そのまま意識を失った。
 
   ***

 その朝、リオはいつもより早く家を出た。別に大した理由は無いが、強いて言えば食糧のためだろうが。駅近くの町にあるパン屋、うまくいけば人気の品にありつけるかもしれない。
 自身の考案した近道を抜け、目的地へと足を速める。その途中、横丁の隅にある廃ビルの階段で、見覚えのあるオレンジ色が倒れているのを発見した。
「イオリさん!?」
 まさかと思い慌てて駆け寄ったが、倒れているのは間違いなく本人だった。揺り起こすと気付いたらしく、頭を振って上体を起こした。
「朝か……。ちっくしょーカイの奴…!」
 足元に目をやると、あの小さな針が落ちていた。
「カイさんにやられたんですか?何があったんです?」
「わけわからん。夜中に急に現れて、ルーサーと俺の車ラチっていきよった。何考えてんねんあいつ……!」
 冷えて痛む首をさすり、イオリは唸った。
「止めな思てかかって行ったけど……考えも無しに直接攻撃してこの様や。」
 電撃を使えばルーサーも巻き込む。だが素手の攻撃は、カイにとって的が自ら向かってきたようなものだ。リオはきつく唇を噛み締め、拳を震わせた。
「この間ルーさんが転がり込んで来た時、カイさんわざわざ出ていくように仕向けたのに、なんで今更こんな事を……!」
 悲しいような悔しいような、そして認めたくない。複雑な感情に、リオは少なからず混乱しているようだった。
「……何のつもりかって訊いた時、あいつ言うてん。理由なんて言ったら、お前絶対邪魔する、て……。」
 しばらく塞ぎ込むようにうずくまっていたイオリだが、突如キッと顔を上げ立ち上がった。
「ならとことこん邪魔したろーやないの!!」
「右に同じ!」
 リオも震わせていた拳を勢い良く突き上げた。
「私を蚊帳の外に置いた挙句、喧嘩売るとはいい度胸です!」
「とりあえず俺はあいつ探す!リオちゃん、ひとまず学校はサボんなよー!」
「でも部活はサボってきます!」
 こうして、ルーサー救出の共同戦線が張られたのだった。

   ***

(…ここは……。)
 目覚めた時、俺はまた冷たい床の上だった。前と違い、後手を縛られてはいるが。寝転がった体勢のまま周りを見回し、気を失う前の事を思い返した。
(俺は一体どこに連れていかれたんだ?)
 ドアが一つ、高めの天井には天窓が一つ。コンクリートの内装からして、あの館とは思えなかった。
 ふと、俺の後頭部をつつく者がいた。俺はそちらに思い切り回し蹴りを喰らわす。ヒュッと何かをかすめる音がして、靴の踵がコンクリートの壁に激突した。
 …足がしびれる。手加減しておくべきだった。
「だ……大丈夫?」
 頭だけ動かして避けた奴はと言えば、誰が原因か棚に上げて心配そうに言った。起き上がって奴を睨む。
「……何のつもりだ。くそっ縄をほどけ!」
「ほどいたら俺死ぬでしょーが。まぁ銃とかは預かってるけど。」
「……少しでもお前を信じようとした俺が馬鹿だった。」
 起きた状態で見てみると、思ったより狭かった。新しく見とめた小さな机には、恐らく奴の物であろうPCが乗っている。
「まぁ、自分の身に今何が起きてるがくらい、知らしたらなあかんかな。」
 椅子に座り、奴は俺にPC画面を見せた。俺はそれを覗き込む。
グラフが映っていた。縦軸は億単位の膨大な金額。横軸は多数の会社の名。ほとんどが裏で幅を利かせているものだ。だがそこに、アントワーヌファミリーの名は無かった。そして金額は今も上がり続けている。
「ちょっと今、あるものをオークションにかけてんねん。」
「…オークション?」
 俺がいぶかしげに聞き返すと、奴は意味ありげに、目以外で笑った。それは真っ直ぐに、だが冷たく俺を映していて
「…まさか…!」
 俺のその一言に、奴はゆっくりと頷く。
「そのとおり。」

「お前は、今まさに闇市でセリにかけられてるっちゅーわけよ。」

――――――これは悪夢か。

 思わず足元がフラついて、背後の壁にもたれかかる。奴は尚も続ける。
「自分らに不都合なことバラされるかもよって脅したら、えらい食い付きようや。どの組織も、ドえらい金積んでるで。」
 愉快そうに画面を見ていた奴だったが、不意にその横顔に嘲りとも怒りともつかぬ色が現れた。
「……まったく、どっからこんな湧いて来るんだか。」
 その言葉に、俺の中で何かが引っ掛かった。だが、今はそれどころではない。俺は奴を睨みつけ言った。
「俺をどうする気だ。」
「ええ目が出たとこで、その組織に引き渡す。まぁそこ後は煮るなり焼くなり好きにしぃ言うてあるから。」
 奴はパソコンを閉じて立ち上がり、壁を背に座り込んだ俺を見下した。
 あの時とは、全く逆のポジションだった。
 にも拘わらず、表情はお互いあの時のまま。コレは報復か。ここまでして、自身を傷つけた俺が許せないのか。
 今までになく苛烈な視線を浴びせる。
 対して奴は、どこまでも落ち着きを払った様子で俺を一瞥した。
「……そーゆーことやから。あとは自分で何とかし。」
 酷薄にそう言い捨てて、奴は部屋から出ていった。
 俺は只一人、薄暗い部屋の隅。
「……んの野郎ッ!」
 俺の中で。激しい思いが渦を巻いた。新しく目覚めた生きる為の明確な意思。今までは、ただ漠然と逃げ回っていた。だが今は違う。
 ――――こんや奴にやられてたまるか!

   ***

「…まだ昼休みか…。」
 教室内で、リオは時計を見上げた。実況を知りたかったが、連絡手段は何もない。
「どーしたの、珍しいなリオが時計見て殺気放つなんて。」
「でも同感。うちも早く帰りてぇー。」
「それより右手のクロワッサン潰れてるよ。」
 友人達が談笑する中でリオは一人、ちくしょう今度無理矢理にでもケータイ買ってやる、と全く無関係な事を心中で呟いていた。そこに突然、校内放送が入る。
『高等部二年Ⅷ組輪道寺さん。今すぐ…。』
「何だろう?」「呼び出し?」 
 周りがざわつく。内容はどうであれ、生徒にとって呼び出しはあまり有難い物ではない。
「別にやましい事はしてないけど・・・とりあえず行ってみる。」
 どうでもいいが、さっさと済ませたい。リオは早足に職員室へ向かった。そしてそこで、面会人がいると言われ、その人物と引き合わされた。
「柊さん!?」
「ああ、久しぶりだね。急に呼び出したりして済まない。」
 そこには東からの刑事、あの黒い変人刑事の相棒(と書いてストッパーと読むと良い)・柊三太がいた。前の事件は、詳細こそ伏せられているが、一応学校側にも知らされている。
「どうしたんです?あの事件の事で何かあったんですか?って言うか柊さんが居るってことは、あの黒いのも来てるって事ですよね。」
「あいつは今、神戸にいる。ちょっとした調べ物をするとか本人は言っていたが…どうだか。まあ、あんなのを学校なんかに来させるわけには行かないからな。」
 柊は溜め息ながらにそう話した。相変わらず苦労しているようだ。
「それより今君の従兄・薫の行方を知らないか?」
「兄(と書いてバカと読むと尚良し)が…?また行方不明なんですか!?」
「あーいや、場所を確かめておけと黒檀に言われてな。」
 リオは記憶を辿る。三日前に、野暮用と言って木刀携え出ていった姿が浮かぶ。木刀要の野暮用ってなんだよ。だがこのことは伏せておこう。身内にムショ入りを作りたくない。それ以外は正直に話そう。
「・・・三日前出てったきり、連絡無しですね。何してんだか・・・。」
「そうか――・・・弱ったな。」
 柊は素直に困った顔をして考え込んだ。だが仕方無いと席を立った。
「まあ何かあったら連絡を頼むよ。ありがとうな。」
「いえ、こちらこそ(意図的に)力になれなくて。」
 薫がどこで何をしているか、リオの方も知りたいのだ。カイとルーサーの件には何らかの形で関わっている。リオの勘は言っていた。
 柊が去った後、廊下でリオはまた時計を見た。
「……ルーさん、大丈夫かなあ…。」

   ***
 ―――ガシャン! 
 目の前でガラスが落ち、砕ける。室内に転がっていたコンクリート片を蹴り上げ、天窓を割ったのだ。散ったガラス片のうち、手ごろな大きさの物を使って俺はロープを切った。
 手が自由になる。天窓はスライド式。鍵は掛かっているが、十分人が通れる大きさだ。そして幸い壁に寄っている。俺は、解けたロープにコンクリート片を結びつける。天窓のもう一枚のガラスを割る。そして残った枠の部分にロープを引っ掛け固定した。
 これで外に出られる。奴の企みとはおさらばだ。
 靴に仕込んだ刃物を確認する。左腕に隠したナイフも無事だ。
(取られたのは表立って付けていた物だけか。ふん、詰めの甘い…)
 そこまで思って、はたと気付いた。

       おかしい。詰めが甘すぎる。

 俺が奴の元にいた時、奴は隠していた得物も、確かに見とめていた。ロープも、後ろ手を取るだけにしてはかなり長い。ガラスを割るようなコンクリート片も、何故片付けなかったのか。
 俺が言うのもなんだが、奴はこんな手緩いミスなどしない。明らかにおかしい。それともコレは故意によるものか…?
 奴が俺を逃がす事はまず無い。おそらく、これは罠か何かで、ここを出られたとしても、俺は未だ奴の手中にあるのだろう。だがこのままでいるよりマシだ。この勝負、逃げ切れば俺の勝ちなのだから―――――

   ***

 同じ頃。イオリはとある裏町を探索していた。念のため館の方へも出向かいはしたが、案の定もぬけの殻だった。手がかりは何も無い。だが、そう遠くへいたとは考えられにくいし、且つあの赤いスポーツカーを隠せる場所となると、相当限られてくるはずだ。事が起こったのは夜中の三時過ぎ、目撃者など無いに等しい。しらみつぶしに探すしか無さそうだ。
(けど、あんまり悠長にはやってられんやろうな。)
 根拠は無いが、そう思った。何しろ前例の無い事なのだ。今までにも、カイはイオリの助手をしているとき、イオリを無視して独自に行動をとることはよくあった。だがそれは常に先を見据え、決して事を荒立てたりはしなかった。
 その上、本来温和で思慮深いはずのカイが実力行使。しかも自ら先に動いた。正に未知の事態。落ち着けと言うのが無理な相談だ。
 狭い路地を抜ける中、イオリの耳にとある会話が飛び込んできた。
「どうなった、あの始末屋。」
(―――始末屋!?)
 反射的にその言葉に反応してイオリは立ち止まった。耳を澄ませると、声は路地に沿った建物の中から聞こえてくるようだ。窓を見つけて中を窺う。
 中には数人の黒服達が居た。何故だろうか、みんな、どこか見覚えがあるのだが・・・。首をかしげながらも、イオリは聞き耳を立てる。
「ここんとこ続いてたそれらしき騒ぎがピッタリと止みました。奴もとうとうくたばったのではないかと。」
「やっとか。長かったな、だがこれで奴等へ情報を売られる事も無くなる。」
(こいつ等が情報を売られた!?…ルーサーにか!?)
 話の全貌は見えない。だが話を聞く価値はありそうだ。
「これでようやく組織の再建……だああぁぁッ!?」
 窓際で拳を振り上げた一人が、妙な悲鳴を上げて倒れた。室内の全員がそちらを向く。途端、窓の外からド派手な男が飛び込んできた。一人が問う。
「お、お前は確か…!?」
(確か?)
 以前にも会っていたか?疑問に思ったが今はどうでもいい。
 電流が走る。
「通りすがりの男前や♡」
 裏町の片隅で絶叫がこだました。
 
 ***

 今朝イオリが倒れていた所で、リオは立ち尽くしていた。イオリも、カイとルーサーも、薫もどこで何をしているか全くわからない。街で騒ぎは見えなかったし、かといって単身裏町に乗り込む力量を、リオはまだ持ち合わせていなかった。
 つまり、勢い込んで戻ってきた所で、彼女にできることは何も無いのである。
「・・・くそっ・・・!なんで私は・・・!」
 ビルの壁を殴りつける。自分の無力さに腹が立った。未だ何も出来ない自分。確かに彼らだけでも事は解決するだろう。むしろ自分など関わって良い事件ではないかもしれない。それでも、ただ彼等の側にいて、何の力も持たず甘えているだけの存在には、絶対なりたくなかった。
 だが何もできずリオはただ壁に向かってうなだれた。

「よぉ、どーしたの?こんなところで一人っきりなんて。」

「!?」
 背後から聞こえてきた声。思わず、あの黒ずくめの姿が脳裏をよぎる。ギョッとして振り向いたが後ろには誰も居ない。
(幻聴か…。)
 きっとそうだ。と言うか是非そうであって欲しい。ほっと胸を撫で下ろし、ふと横を見ると、

「あいつらとケンカでもしたわけ?」

「ぎゃああああぁぁぁぁっ!!!?」
 驚きと恐怖のあまりに繰り出された、情け容赦手加減一切無しの上段蹴りを難なくかわして、黒檀は言った。
「体操ズボンはスカートの下にはくもんじゃねーぜリオちゃん。」
「何しに来たんですか!!」
 ひとまず少しは冷静さを取り戻したものの、あまりの不意打ちにリオは声を荒げた。幸い周囲に人目は無く、奇異の眼差しで見られることは無かった。
「何って…、仕事に決まってんでしょ人聞きの悪い。」
 そう言いながらも黒檀はククク……と無気味に笑う。リオは知っていた。確かにコイツは警察官だが愛と正義のオマワリサンなどとは、とても呼べる存在ではない事を。出来るなら早く立ち去って欲しい。
「…事情聴取なら学校に柊さんが来ましたから。薫の居場所は私も…。」
「いやいや別にそーゆー事を言いに来たワケじゃねーのよ。」
 リオの言葉を遮って黒檀は首を横に振った。そして言う。
「今回は忠告しに来ただけよ。」
「忠告?」
 リオは訝しげに黒檀を見上げた。
「君の気性からして、絶対にこの件には首突っ込んでくるだろうと思ってね。」
「…もしかして黒さん達もルーさ…始末屋を追ってるんですか?」
「その通り。それに、」
 黒檀は少し俯いて、また不気味な笑い声を立てた。
「始末屋がここに居るって事、バラしたのは俺だし。」

「なんやって?!」
 薄暗く殺風景な部屋に、数人の黒服がのされている。その中でまた一瞬、ピリリと光が走った、
「そうですッ!あの黒ずくめの刑事が言ったんです!!」
「…黒檀か…!あのクソ刑事・・・!」
 その中の一人の上に座り込んでイオリは舌打ちした。
 彼らは、先の事件で一斉検挙された組織の残党だった。彼らの話によると、現在裏社会では、とある謎の一組織によって、数多の犯罪結社が闇に葬られているらしい。前々からその活動はあったが、それがあの事件以来、一段と活発になったそうなのだ。
「サツからに逃げた奴等もそいつらせいで一網打尽だ!残ったのはここに居る俺達だけだよ!」
 怪しい。内情を知る者が密告をしたのではないか。皆がそう思い始めた時、
   あいつは現れた。
 彼らに手を出さない事と引換えに、密告者がルーサーだと吹き込み、飢えた彼らに恩赦をちらつかせ、噂を広めさせた。
(ルーサーと他の殺し屋が争い疲弊した所を、どっちも捕えてまおっちゅーことか…。)
 騒ぎが表面化するリスクこそあるが、黒檀なら全てを暗黙の内に済ませてしまう事だろう。あの男なら、それくらいやってのける。そして、この哀れな残党達も、所詮は駒として使われたに過ぎないのだ。

   ***

「…だから、ここで君みたいな一般人に怪我でもされちゃ困るわけ。計画も最後の一手まで来てる。巻き込まれない内に早く引きな。」
 そう言って黒檀はリオに背を向けた。
「ちょっ…!」 
 リオは路地裏から出ようとする黒檀の行く手を塞いだ。黒檀は怪訝そうにそれを見下ろす。
「…まだ何かあんの?あれこれ訊かれる前に、出来る限り説明したつもりなんだがな。」
「こんなやり方が許されるんですか…!?」
「さあねえ」
 注がれる苛烈な眼差しをものともせず黒檀は笑った。
「けど許されなかった所でどうする。計画止めて、この状態のまま放置してみる?それこそ許されないんじゃねーの?」
 リオは即座に反論できず口をつぐむ。まっとうなやり方とは到底思えない。だが確かに、計画が滞れば一般に被害が行く。
「ここのビルでも既に人死にが出てる。…今回あんたの出る幕は無い。」
 黒檀は立ち去ろうとした。
「じゃあ、ちゃんと捕まえられるんですか?」
 黒檀の足が止まる。すかさずリオはまた言葉を続けた。
「黒さん達は、ルーさんが独りきりで、この界隈をうろついているとでも思ってるんでしょう。でもそうじゃない。ルーさんは今、カイさんに、捕らえられてます。」
 黒檀は立ち止まったままだ。背を向け、表情も分からない。
「イオリさんによると、カイさんは昨夜ルーさんを拉致って行ったまま行方知れずだそうです。あのカイさんが、簡単に見つかるような所にルーさんを隠すとは考えられません。見つかったとしても、あっさりと引き渡すとも考えられません。」
 相変わらず、黒檀は背を向けている。
「カイさんの目的が何なのかは分かりません、でも下手をすれば、ただ捕まえるより面倒な事態が起こるんじゃないですか?」
 だが、その肩は、徐々に微かに震えはじめ、そして、
「くくく…っ…あっははははははっ…!」
 堪えきれなくなったのか、とうとう黒檀は笑い声を上げた。
「!?何をっ…!」
 しばらくの間、黒檀は笑い続けた。リオの言った事が可笑しくてたまらないとでも言うように、額に手を当て、壁を支えにして高笑いした。そして、ようやく笑うのを止め、言った。
「…はっ…そうか、あいつが…。」
 その様子に気圧されていたリオも、今度こそはと強気に言った。
「そうです、どうする気ですか?」
 だが次の瞬間、黒檀の口をついて出たのは、とんでもない事実だった。
「…さすが、もう捕獲したのか。予想以上の出来だ。」
「――――え?」
 リオは、その言葉の意味が把握できず固まった。そんなリオに向き直り。黒檀は更に無情の事実をつきつけた。
「分かりきった現状報告をありがとう。だが残念ながら奴とはもう取引済みだ。
  ――――――始末矢を捕まえて、俺に引き渡すってね。」
「……そんなッ…!」
 ―――何てことだ。
 言葉を無くし、リオはよろめいた。絶望のような、失望のような衝撃。
「ま、ご忠告に従ってさっさと引き取って終わらせるか。あんまり長く放っとくと、何しでかすかわからねぇしな。」
 案外、もうどっかに売っ払われてたりして、と黒檀は笑う。
 イオリはこの事実を知らず、自分は無力。もはやルーサーに味方は居ない。
 愕然とした様子のリオを見やって、黒檀は溜め息をつくも、もう何も言わなかった。そして再び踵を返そうとした時、不意に携帯が鳴った。
 ポケットから取り出し送り主を確かめる。
「噂をすれば奴からか。」
 カイからのようだ。すぐに黒段は通話に応じる。
「……ああ。ご苦労。見事にとっ捕まえたそうじゃねーか。そうと来りゃ今すぐにでも予定の場所に…………何?」
 いつもの調子で黒檀は話していたが、不意にその声が一段と低く沈んだ。呆然と立ち尽くしていたリオがそれに反応して、ゆらりと振り向いた。
 携帯で話す黒檀の眼差しが不機嫌に歪む。
「…………は?逃げた?」
       リオの目が光った。

***

 見慣れぬ町の屋上を飛ぶ。どこへ向かっているのか自分でも分からない。ただ奴の手の届かぬ所を目指し、ひたすら走った。
 ビシッと音を立てて、足元で何かが弾ける。それが飛んできた方を見ると、俺よりさらに高い位置のビルから、何者かがライフルを覗かせていた。そう言えばまだ俺は追われている身だったか。息つく間も無く、あちこちから弾が飛ぶ。
 屋上だと狙撃される。階段や電柱を飛び跳ねて地表に下り、影へ入り込む。助かっただなんて思ってはいない。待ち構えるハイエナ達。俺はナイフを持って突っ切って行く。

   ***

「…で?どうするつもり?…まさか取引を無くせとか言わねえだろうな?」
 路地裏で、黒檀は舌打ちした。そこにリオの姿は既に無い。
『誰が。…言うとくけど、俺は別にお前を甘く見てる訳や無いで。むしろ…』
「安心しな。俺だって約束は守るよ?…お前らが変な真似さえしなけりゃな。」
 通話先の相手が口ごもる。黒檀は続けた。
「ま、お前らからわざわざ電話よこしたって事は、他にも何か言いたいことがあるんだろ?捕獲の手助けでも要請する気?」
『そんなモン頼まんでも、約束通り、捕まえて目の前に引きずり出したる。ただ、あいつも必死や。予定の場所まで連れてくんは難しいかも知れん。せやから捕まえた時点で連絡して、その場までお前には来てもらいたい。…それでええかってだけの話よ。』
「…ふーん………いいだろう。」
 別にこれといって怪しい要求ではない。一応許しはしたものの、黒檀は用心深げに念を押す。
「何度も言うようだが、わが身が大切なら大人しくしてろよ。ところで薫社長は?柊が探してるんだが見つからなくてな。そちら?」
『ここにはおらん。俺とあいつは最初から別々に動いとったからな。けど作戦中ずっとルーサーの側におったから…今もそうなんとちゃう?』
 少し笑いを含んだ声。黒檀も表情に余裕を見せた。
「じゃ、心配いらねーな。くれぐれも頼むぜ。」
 そのまま通話を切る。だが、
「…なーんて言うとでも思ったか。」
 グラサンの奥の瞳は冷たく鋭い。路地を出、彼らの元へと歩き出す。そして、忘れる所だったと、もう一度携帯を開けた。
「あ、柊君?薫はもういい、リオちゃん探して。見つけ次第保護な。今すぐ。」
 
   ***

 カイは携帯を閉じる。そして腰掛けていた窓辺から町を眺めた。
「…お前がそれだけで信用するなんて誰も思ってへんよ。」
 そろそろこちらも出向くかと、奪った銃を手に取って歩き出す。
 寂れた廃ビルの中に、出口へ向かう足音が静かに響いた。

   ***

 死に物狂いで抜けた路地の先に待っていたのは。こちらに突っ込んでくるバイクの群れ。突進をかわし、車上からの攻撃を防ぐ。だがきりが無い。回りは徐々に包囲され、このままでは轢殺されてしまう。一人がまた突進してくる。続けざまに他も突っ込んできた。周りによける場所は無い。俺は覚悟を決めて地を踏みしめる。正面から一番手がやって来る。そして俺目掛けて車体をぶつけようとスピードを上げた時―――俺は地を蹴り飛びあがった。そのまま相手にも蹴りを食らわす。バランスを崩したバイクは横転し、他も巻き込んで壁に激突した。俺はそのまま、再び地面へ降り立とうとしたが、
  ―――ズキンッ―――
「――ッ!?」
 不意に襲った痛みに、着地できずに落下した。無くしたはずの、傷の痛みが蘇る。起き上がろうとした所に、残ったバイクが突っ込んできた。よける間は無い。はねられる――――そう思った時、
 物陰から何者かが飛び出して来た。
 真っ直ぐに、おれを轢こうと迫るバイクに突っ込む。乗り手は横に跳ね飛ばされ、バイクも横転した。そいつはそのまま、再び影へと姿を消す。
「……な…!?」
 一瞬の出来事だった。想定外の助力に驚いた俺だったが、まだ敵は残っている。呆然とする暇は無い。すぐさま身構え、車上の一人を倒しバイクを奪い取る。それに乗ってそのまま囲みを突破した。影の正体を確認する間は無かった。

   ***

 夕闇迫る街中を、リオはまだ走っていた。どこかで騒ぎが起きたなら、彼らは必ずそこにいる。耳を澄ませ路地を駆け巡る。走りながらふと思った。
 何故自分はこうまで必死になるのだろう。自分には危険過ぎる事なのに。所詮自分には関われない事なのに。リオは角を曲がる。理由を探る。興味本位?そんな馬鹿げた理由じゃない。端からはそう見えるかも知れないが、こちらはいつだって真剣なんだ。命を救われ、その素顔を知り、抱える葛藤も垣間見た。もはや他人と呼ぶには近すぎる。なにも出来なくても、黙ってられない。
 リオは次の角で立ち止まる。だが、その背後には一人の男の影があった。リオに手を伸ばす。そして、気配を察して振り向いた時――――
                        ガッ……

   ***

 向かい風が辛い。後ろからは無数のバイクが追いかけて来る。
 バイクを駆る中でも、傷は痛んだ。何故だろう。館から逃げ出して以来、一つも痛まなかったというのに。生への意識が、俺に痛みを取り戻させたのか。皮肉な事だ。だが、それでも生き延びて見せる。傷の悲鳴を振りきり、強い意志を持ってアクセルを回す。痛みは徐々に強まっていき、このまま走り続けるだけでも苦しく感じた。いつまで俺はもつだろうか。引き離した追手達も、速度を上げて追いついてくる。俺は目前の角を急に曲がる。車体が揺れる度に傷が疼く
 …今までになく俺は真剣に戦ってるようだ。勿論今までも真剣ではあったが、何か違う。勢いをつけ、小さなブロック塀を飛び越える。西に傾く太陽は眩しく、反面黒く影を焼き付けた。T字路の突き当たりで両側から鉢合わせる。数少ない後ろに引き返す。複雑入り組む道無き道。四方から迫るエンジンの音。増殖し、蝕む痛み。徐々に、だが全てに追い詰められる。
 ガソリンも残り少ない。そんな状況下でも走りつづける俺は何なのだろう。後輪を撃たれ減速する。追手達は一気に間合いを詰めた。むりでもスピードを上げるが叶わない。減速の一途を辿る。その目の前に、
「ルーサー!」
 何かが投げ渡された。受け取ると懐かしい重み。追手が一気に迫る。俺ははすぐさま、片時も手放さなかったそれを後ろに構え――― 
 ――――チュインッ!
 先頭が倒れ、隊列を乱した追手達が一瞬止まる。俺は向き直り、すべり込んで来た赤い車にバイクをぶつけ、その反動で飛び移った。
 勿論、乗り手にも銃を突きつける事を忘れなかった。

   ***

「…あー、もぉ、なんてことしてくれてんの。イオリに怒られてまうわ。」
 俺がバイクをぶつけた車の後部は、その衝撃で見事に破損していた。
「…うるさい。とっとと逃げ切れ。二度とお前など信用するか。」
 こうでもしなければ、また二の舞を踏む事は目に見えている。だが奴はやたらマイペースに運転した。何度も弾が当たりそうになり、俺はひやひやした。
「おい!本気で逃げる気があるのかお前!?」
「だったらルーサーも俺にばっか銃向けずに、ちゃんと援護してちょーだい。」
 そんなんやから敵さん止まらんねやんか、と脅されているとは思えない、飄々とした態度。俺は舌打ちして、銃口を後ろに向ける。
「それに、逃げようにもこの裏町は封鎖されてしもーた。…多分黒檀の仕業やとは思うけど…このままやったら出られんやろ。」
 行く道を阻む群れを蹴散らし、赤いスポーツカ進む。
「せやから、ただ逃げるよりは、逃げたふりして隠れた方がええんとちゃう?…俺もこんなのに巻き込まれて死にとうないし、頼まれれば隠れ場所まで連れてったるで?」
 回り込まれ、車を反転させ逆走する。後部座席のドアが外れる。フロントガラスが割れる。それでも奴は速度を落とさない。
「…取引を持ちかける気か?誰が貴様など…!」
「じゃ、ここであいつ等の餌食になる?ま、俺と組むよりましやとか言いそうやけど。」
 言い返そうと喉まで出かかった言葉を当てられぎくりとした。
「…生きるんやろ。」
 返事を待たずに奴は速度を上げた、ボロボロの車は赤い光のように目的地へ直行する。そうだった。俺はどんな手を使ってでも生き延びるんだ。
「上等だ!」
 何度陥れられようと逃げ出してやる。壁にぶつかった衝撃でタイヤが外れる。
「だがお前は信用しない。」
「ええ心掛けや。」
 袋小路に追い詰められ、一斉に銃口が向けられる。雨あられの如く浴びせられた銃弾は容赦無く降り注ぎ、車は大破して炎上した。だが、俺達は既に車内にはいなかったことを敵方は知らない。
 爆煙に紛れて俺達が向かう先は、最初に俺が囚われていたビルだ。先程の爆発で大半が勘違いしてくれたとは言え、まだ俺達を狙う者も残っていた。見つからずに、ビル内に立てこもってしまえば一安心だ。だがその道のりは決して甘くない。極力気付かれぬよう進むが上手くいく筈も無く、結局は蹴散らしながらの強行突破だ。斬撃をかわす。弾がかする。
 奴も基本はちょこまかと逃げ回ってばかりだが、袖に仕込んだ毒針で、少数だが確実に追手を倒していた。だが次第に追い詰められる。
「うーん…やっぱり無謀やったかな~。」
 ビルの入り口は目前。だが迂闊に入れば追手も中にいれてしまう。俺の傷はこんな時に限って激しく痛む。奴も肩で息をしていた。
「なぁルーサー、この際言っちゃうけど、俺こーゆー事めっちゃ苦手。」
「…今更言うなよ。」
 それでも俺達は地を蹴る。とりあえずは建物に入って、内側からシャッターを閉めてしまおう。少なくとも新手が来る事はなくなる。そう思い動こうとした時、傷跡が今までに無くズキリと疼いた。思わずそこを押さえて肩膝をつく。
「どないした!?」
 俺の異変に振り向いた奴の後ろに刃物が見える。慌てて銃をその殺し屋に向けるが、それよりも早く――――
                         刃物は弾き飛ばされた。
 同時に殺し屋も崩れ落ちる。そして、その影にすっくと立った人物。
「すまない、遅れた。」
 その気配は、最初の夜、路地裏で会った物と同じ。後ろで束ねられた長い髪。右手には先程、鋭い一閃を放った木刀。
 そしてその目は意志の強そうなあの少女と瓜二つ。そして続け様に、俺を狙っていた二人を叩きのめしたその男に、奴は声を掛けた。
「―――遅かったな薫。」

   ***

「随分とてこずっている様だな。このまま見失ったどうなっていた事か。」
「全ての元凶がよう言うわ。」
 薫は素早く俺に肩を貸し、ビル内へ滑り込んだ。それに続いた奴がシャッターを下ろす。勢いで入って着た者も数人いるが、これでしばらく新手は入ってこない。向かってくる者を倒しながら、何重にも防火扉を閉め、上へ上へと昇って行く。
 薫は傷口を抑える俺の身を案じるかのように話かけた。
「痛むか?傷が開いてなければ良いが…。」
「…心配無い。まだ戦える。」
 だが正直な所、訳が分からない。俺を陥れようとした筈の奴が急に俺を助け、最初会ったきりの薫がいきなり現れた。轢かれかけた時に助けてくれたのも薫だろう。だがその目的は何なのだ。
「…最後まで効かんかったみたいやな、鎮痛剤。」
「鎮痛剤?」
 ぽつりと漏らした奴の一言に問い返す。そんな物飲んだ覚えは無いのだが…。
「…あの時の解毒剤…!?」
「当たり☆」 ピンポン
 六つ目の防火扉を閉め奴は人の悪い笑みで振り返った。対する俺は驚愕の相。
「じゃあ、緑茶の毒薬は…。」
「モチロン嘘。まあ騙されるか騙されへんかはお前の自由やったけどな。」
「……な…何――――!?」
 思わず俺は奴に掴みかかった。
「貴様散々人を脅して遊んでたかってつついておちょくって小馬鹿にしてこの」
「あーはいはいうるさいうるさい傷口開くで~。」
 ガックンガックン揺さぶられながらも依然として奴の口調に緊張感は無い。
「…大体…これはどういうことなんだ?」
 気を取り直して、かろうじて話の通じそうな薫に聞く。成り行きでここまで来てしまったが、奴等の行動は腑に落ちない。それに、今向かっているのはどう考えても屋上だ。逃げ道も無ければ隠れ場所でも無いどうする気だ。
「それに薫。…何故いきなり現れた?〃見失った〃と言っていたが…お前もこの件に関わっていたのか?」
 今更な問いかけのような気もするが。だが薫は真面目に頷いた。
「ああ、こいつとは別行動だったがな。」
 そして、真顔で、実に凛々しく言った。
「お前のことはずっとストーカーしていた。」
「よしお前ももう信用ならない。」
 屋上へ続く最後の階段を上って行く。
「手負いのお前を影ながら守り、監視もせねばならなかった。それに、お前を通じて会わねばならぬ人物もいたのだ。」
「…人物…?お前の目的は一体…。」

   ***

 屋上への扉が開く。広い空間の上では、夕日と夕闇がせめぎあっていた。そのまま奥に進もうとしていた薫だったが、突如ぎくりとしたように歩みを止めた。つられて止まった奴も、息を飲みかすれた声で呟いた。
「黒檀…!」
 視線の先には一台のヘリ。その前に立つ黒ずくめの刑事。驚いて身構えた俺の腕を薫が掴む。もがいたがびくともしない。
「…すまない…こう言う事なんだ。」
 だが、その声は後悔とも諦念ともつかぬ色で満ちていた。奴が黒檀の前に進み出る。
「…来てもらう時はこっちから連絡する言うたはずやでドス黒刑事。」
 奴の今迄に無い刺々しい口調にも動じない黒檀は二人とは相反する表情だ。
「確実性を重視しただけだよ。それよりもちゃんと連れてきてくれて良かったぜ。」
 最後までよくつまみ食いせずによく頑張りましたとでも言わんばかりに黒檀は笑った。
「…本気で組織に売り飛ばしてしまえば良かった。」
 奴は舌打ちして、一瞬何かを確認するかのように向こうの空を見た。薫は俺を拘束したまま何も言わない。俺も、これが運命かと力無くうな垂れる。
「あはは、やっぱ早めに来て良かった。じゃ、そいつの身柄と、そいつに引っ掛かった闇組織のリスト、こっちに引き渡してもらおうか。」
 協力者であるはずの奴等を、追い詰めるかのように黒檀は迫る。ヘリからも、何人かの警察官が現れる。彼らは、俺を護送すべくこちらに近づいた。
「まだだ!」
 それを鋭く制したのは、俺を捕まえている薫だった。その語気に怯んだ警官達は一斉に立ち止まる。薫は黒檀の方を振り向くと、静かに言った。
「黒檀警部。この通り我々は約束通り要求に応じた。今一度確認させて頂こう。渡すのはそれからだ。……これで、我々の事を公にはしないのだな?」
「ああ、約束は守る。だが忘れるな。…この件が無事に済んでも、お前達は俺の手中にあるって事をな。」
 そう無情に言い放った黒檀を、薫は悔しそうに睨みつけた。が、すぐに視線を落とす。そこに何者かが近づいていた。それに気付いた俺は上空を見上げる。
「これで気が済ん…………なんだ?ヘリの音…。」
 言葉を続けようとした黒檀も、気付いて音の方を見る。奴が呟く。
「……来た…。」
 おそらくすぐ隣の俺にしか聞こえなかったであろう程、微かな声だった。
 すると突如、ビルの死角から、警察の物ではないヘリが飛び出してきた。瞬く間も無く、そのヘリは俺達に向かって煙幕を放つ。
「なっ何だ!?」
 急に視界を奪われ、警官達は慌てふためく。それは俺も例外ではない。状況を確認しようにも何も見えないのだ。これは機会か、それとも危機か。一部を除いて屋上は混乱に陥る。その中。不意に、薫の手が離れた。先程までどうあがいても微動だにしなかったその腕が、ほどけた。驚く俺をそのままつきとばす。直後、更に何者かに強く腕を引かれ、俺は煙幕から引っ張り出される。そして、引き込まれた先は、あのヘリの中だった。慌てて周囲を見渡すと、後部座席には、この件を知るはずの無いドンの姿があった。
「無事か。ともかく逃げるぞ。」
「……!?何故ここが……?」
 ヘリは再び浮上する。吹き飛ばされた煙幕の向こうでは、三人が各々の表情でこちらを見上げていた。黒檀は怒りの眼光、薫は気付かれぬようドンに目礼を、そして奴。上空から見下ろすドンの視線を、奴は臆する事無く跳ね返した。一瞬、火花が見える。
「……あれが杜宮…成程、周りに劣らず物騒な男だな。」
 数多の組織を餌食にしてきただけはあると、ドンはどこか感心したように呟いた。ヘリは上昇し離れて行く。奴はそれを名残惜しそうに見上げていた。そして奴等の姿はみるみる小さくなり、やがて見えなくなった。

   ***

「ドン、あいつらは…。」
 下界では街の灯りが目立ちはじめている。ヘリの中、俺は全てを悟った。
「何も言うな。…俺は奴等に手を貸しただけだ。」
 あの時、俺と別れた後ドンは薫と会ったそうだ。
〃貴方がドン・アントワーヌか?〃
「その時、正体を知っておったまげたぜ。あの男こそ、例の組織の首領だったとはな。」
〃表向きは古物商・輪道寺カンパニーか…。それがアントワーヌファミリーに何の用だ。〃
 本来なら、分かり合うはずの無い敵同士。身構えるのが当然。だが薫は言った。
〃我々に敵意はありません。むしろ、貴方を見込んでお願いしたい事がある。他でもない、始末屋ルーサーの件です。…私は彼を助けたい。〃

   ***

「あーあ…。どうする気だ?こんなところで逃げられちまって。」
 残された屋上で、黒檀は二人の方へ振り向いた。その表情は、獲物を逃した悔しさの反面、自らを顧なかった彼らを嘲笑っているようだった。
「せやねぇ…確かにこっちの手落ちやな。こんな所で攫われてまうなんて。」
「…ふぅんそうきたか。」
 黒檀は鼻で笑って薫の方を向いた。
「しかしつくづく馬鹿と言うか向こう見ずと言うか…。ミスであれ故意であれ、ここで俺が組織の件を上にバラせば、沙汰が下る事は免れないんだぜ?」

   ***

「…そうだ。あいつらはなぜ、そんな危険を犯してまで俺を…。」
「恩があるんだそうだ。」
〃彼にはたくさんの大切な者を守ってもらった。妹も、カイ…うちの参謀も、命を救われたのです。見殺しには出来ない。…これは、あいつの願いでもあるのです。ですが、情けない事に、私達は今、弱みを握られ動けません〃
―――薫君が行方不明だった時に色々と調べさせてもらったよ。…面白い事してんなあお前等。それを承知でも頼みなんだけどさ……
〃それどころか、彼を追い詰める事を強いられています。〃
――――わが身が可愛ければ俺に従え。エサなら俺が撒いた。
――――俺らに、賞金稼ぎの真似をせえいうんか。
〃そして、彼の事を調べるうちに、貴方に辿り着いた。犯罪結社でありながら決して弱者には手を出さず、その資金で数多の慈善事業運営する…アントワーヌファミリーの真の姿も知った。…実を言えば、我々の標的には、貴方の組織も入っていた。けれど、もうそれも出来ません。貴方となら手を取り合える。どうか、力を貸してください。〃

   ***

「果たして、本気でそうする気があるのか?」
 薫の言葉に、黒檀が怪訝そうに眉をひそめる。そこにカイが、小さなチップを投げ渡した。
「お前に言われた通り、ルーサーを餌に集めた闇組織のデータや。」
「これで、俺達の仕事は終わりだな。」
 二人は黒檀に背を向け、歩き始める。向かうは出口だ。
「…おい待ちな。」
 呼びとめられ、二人は足を止め振り向いた。
「分かってんのか?お前等は契約違反で…」
「生憎だが」
 薫は不敵に笑って言った。
「この程度で、お前が扱いやすい駒を手放すとは思えないな。」
 そして、拍子抜けしたような顔になった黒檀を残し、二人はそのまま去っていった。しばらく言葉を無くしていた黒檀だったが、その後姿を見送り、またいつもの笑みを浮かべた。
「全く…あのクソガキ共が…。」
 既に星空となった、ヘリの飛んでいった方角を眺め、携帯を開く。
「ああ若葉?…例の書類は保留な。けど、また使うかもしれないから、いつでも提出できるようにはしといてくれよ。結果?…まあ…一本取られたよ。あ、お前の働きは無駄になってねーからご心配無く。太秦君の件で元は取れてるし。じゃ、また何かあったら頼むぜ。あ、猫の名前決まった?」

   ***

「…本当にすいませんでした。まさか柊さんとは思わず…。」
 近くの署には、リオと頭にたんこぶをこさえた柊の姿があった。
「いや、こっちこそ紛らわしい声の掛け方をしたから…てか声掛ける暇があれば良かったんだけど。にしても無駄に強いねリオちゃん。」
「自分の身は自分で守れと言うのが輪道寺家の家訓でした。」
 リオは暗くなった外を眺める。やっぱり、結局は迷惑を掛けたみたいだ。
「悪く思わないでやってくれ、あいつの事。」
 俯くリオに柊は言った。
「あいつと組んでもう二年になるけど、正直未だあいつの事はよくわからない。やり方もどうかと思う。けど、あいつはあいつなりにちゃんと考えてるんだ。」
「長年のコンビって訳じゃないんですか?」
「ああ。でも噂によれば、それ以上あいつと組んで続いた奴はいないらしい。大抵は黒檀の方からさっさと去ってしまうんだそうだ。これは見込まれたって言うのかな。」
「体の良いパシリにされてる気もしますが。」
「…否定はしない。それでも追いかけたいんだ。あいつが何を掴むのかを見届けたい。」
 そう語る柊の表情を見て、リオは思った。
 
 この人も自分と同じだ。

   ***

〃しかし何故お前のような…地位も財産も保証された者がこの道を行く?〃
 そう訊いたドンに、薫はこう答えた。
〃私が闇組織の撲滅を続ける理由…当初は復讐のつもりでした。けれど、今は贖罪のつもりです。今は唯、そうとだけ…。〃
 薫の表情が目に浮かぶ。彼も俺と同じ、何か重い物を背負った人間なのだろう。そして奴は、そんな薫の後を追っている。そんな気がした。
 真っ暗な夜空には数多の星々が輝いている。空だけではない。下界もそれに劣らず灯りがたくさん輝いていた。
「そういえばお前、この後どうする気だ?」
「…………。」
 そう言えばそうだ。助かったものの、行く宛てなど考えても見なかった。
「だろうと思ったよ。…そこで薫からの言伝がある。」
「言伝?」
「〃良ければ、うちの輪道寺カンパニーに来い。ちょうど、護衛兼通訳が欲しかったところだ。お前の能力なら十分通用する。今は未だ、戻るのは難しいだろう。だからその間ドンに、お前の身柄を預かってもらう事にした。その間に、又考えるも良し。だが、その気になったら、時期を見て必ず迎えに行こう。〃…とな。」
 …言葉にならない熱い物が胸を込み上げる。更にドンは言った。
「あの参謀…カイと言ったな。あの男、お前の本気を引き出す為、危険を承知で自ら憎まれ役を買って出たそうだ。」
「……あいつ……!」
 そう言う語尾も、もう声になって出てこない。堪えても、自然と頬を伝う物があった。何年振りだろうか。唯一筋の雫がこんなに熱いものとは思わなかった。
 ヘリは、神戸の夜景から遠ざかって行く。
 あの灯りの中に彼らも今、いるんだろうか。
 あの館にも、柔らかい光がともった頃だろうか。
 結局、奴とは最後、何も話せずに終わってしまった。けれど、その心はもう届いている。
(また、出会う事はあるだろうか…。)
 いや、きっとある。あるに違いない。そう自分に言い聞かせる。
 そして、そのときこそ奴と、共に肩を並べて歩んでいこう。
 もうお互いに向ける武器は必要無い。
…向こうに着いたら館の修繕費とあいつの好きそうな菓子でも送ってやろう…
 元来た方角を眺める。遠く離れた街の灯り。星空の中で再会を誓った。

   またいつか必ず会おう、カイ。きっと――――
 
 遥か彼方で、応えるように灯りが一つ揺らめいた気がした。

                       Fin

        その後日。
「………俺の……車……………。」
 とある裏町の片隅で、焼け焦げた車の残骸を前に立ち尽くす、哀れな金髪男の姿があったとか。

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